3.19.2011

『ほんとうは、どうなの? 原子力問題のウソ・マコト』/上坂冬子

福島第1原発の状況が予断を許さない今、原発について多様な立場を知りたいと思い手に取ってみました。しかし、この本はひどすぎました。中曽根康弘をはじめとする原発推進派重鎮と著者との対談集で、一方的な原発礼賛のオンパレードに終始しています。あまりに客観性に欠けるため、本当はあるであろう原発のメリットすら理解できませんでした。大事故へと発展した今、本書でしきりに「安全」を強調する推進派の言い分がすべて絵空事に思えます。

2.10.2011

『歌うクジラ』/村上龍

ようやく読み終わった、というのが読了直後の正直な感想です。iPad版が出た時から興味をそそられ、書籍版が出てすぐに購入したものの、なかなか読み進めることができませんでした。物語の世界に入り込みにくいことに加え、暴力や性の描写がグロすぎました。期待していただけに落差は激しく、途中何度も挫折しかけました。3360円という投資をしていなければ、とっとと投げ出していたかもしれません。

ストーリーとしては、現代とはまるで世界観が違う22世紀の日本を舞台に、あるミッションを背負った少年が目的地へ向かって旅をし、その途中で様々な経験をするというもの。ところが、その過程で少年が成長していくというありがちな冒険譚では決してなく、落としどころがつかみづらいのです。登場する人物たちも特に魅力的というわけではなく、誰かに感情移入することも難しい。読み手の忍耐力や想像力が試されているという印象を持ちました。そして最後になって、ようやくすべてつながりました。魂を揺さぶられたことは事実です。

なぜ村上龍はこのような小説を書いたのか? ダンテの『神曲』も発表当時から毀誉褒貶にさらされ、その後徐々に世界文学の代表作としての評価が確立したそうです。想像するに、出版界に一石を投じた発表形式、文化経済効率化運動という未来観、文法的に無茶苦茶で読みにくい日本語などすべての要素を含め、読者の賛否両論を煽り、後世に評価を委ねることこそ、村上龍の望むところではなかったかと思えるのです。

1.25.2011

『ソーシャル・ネットワーク』

久々の更新となりました。しばらくブログから離れツイッターに軸足を移していたのですが、やはりある程度まとまった考えを書こうと思ったら140字は短すぎました。

さて、話題の映画『ソーシャル・ネットワーク』を見てきましたが、期待に違わぬ大傑作でした。今や全世界に5億人の登録者を抱え、総アクセス数でグーグルを抜き、世界一のウェブサイトとなったフェイスブック。ハーバード大学在学中にフェイスブックを立ち上げ、弱冠26歳にして最年少の億万長者となった男マーク・ザッカーバグの物語です(フェイスブック側は認めていないようですが)。

この映画の何がすごいって、とにもかくにも脚本です。映画はマークとガールフレンドの口論から始まり、彼のうっとうしいまでの理詰めの追及から、その頭脳明晰ぶりや変人ぶりがまず明らかにされます。しかし、実はこれ以降、マークが自分の考えを表明する場面はほとんど登場しません。映画の大半は、訴訟シーンと周囲の人たちのマークとの関わりや感情のフラッシュバックだけ。これでマーク・ザッカーバーグという人間を浮き彫りにしていくわけです。例えれば『市民ケーン』と同じ構図(実際、本作を“21世紀の『市民ケーン』”と評するレビューも目にします)。

それにしても、最先端のテクノロジーを駆使し、生き馬の目を抜くビジネスに身を投じる若者たちを描いているにもかかわらず、そこで渦巻くのはカネ・友情・嫉妬・権力・階級といった人類普遍のテーマであることに何とも切なくなります。『ソーシャル・ネットワーク』というタイトルは、創業者が最も社会性がないことの皮肉に思えてなりません。いずれにせよ、旬のネタをこれほど見事に調理したデイビッド・フィンチャー監督の手腕に脱帽です。

唯一残念だったのは、トレーラーで流れていた「クリープ」(レディオヘッドのカバー)を本編でもエンドロールでも耳にしなかったこと。この曲はまるで教会で歌われる賛美歌のように幽玄な響きがあるのに、内容は“変態”について。これほどマーク・ザッカーバーグを的確に表現しており、この映画を締めくくるのに相応しい曲はなかったと思うのですが。